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『ナラ・レポート』 津島佑子著  文藝春秋 2004/09出版  1995円 (税込)   ISBN978-4163232805

REBORNコメント

物語の冒頭は現代。私生児として男の祖母が住む奈良の古さの中に閉じこめられている少年は、奈良公園のシカを殺し、ハトに憑いた亡母の霊に会う。ふたりが大仏を破壊して飛び込むのは、どの世でも引き裂かれてきた二人の「記憶の世界」だった。
この母親はどの時空間でも、いつも病死や子殺しにより、あるいは中世の寺の権力に強制されて子どもを捨てなければならない。そういう運命の親子なのだ。 「‥‥ぼくたちにはいつもふたりで生きる時間が足りなかった。分かれて生きなければならない時間ばかりがたっぷりと与えられていた‥‥」その運命にじっと 耐えながら、魑魅魍魎のようになりながら、親子はおたがいを無我夢中で求め合う。
奈良各地に現存する史跡が舞台で、その選び方は相当マニアックな歴史的魅力を秘めた場所ばかりだ。「魂とはどういうものか」というとらえ方も、古くから 日本人が持ち続けてきたいろいろな考えが、絵巻のように出てくる。大仏の破壊という出だしは、仏教以前の日本へ、猛烈な威力で吹き飛ばされることを意味す るのだと思う。ふたりがエンドレスに続ける生死を超えた対話も、日本の古い歴史の一部だろうか。
ストーリーは、日本に古くから伝わる説話がベースになっている。そこが、文芸作品でありながら、大衆娯楽のきわみのようなにおいもあわせ持つ独特な世界を作っている。読み始めたら止まらないほど面白い。
長いあいだ古典や歴史の研究を続けてきたに違いない津島佑子さん。その成果が惜しみなく投じられ、うっとりするように贅沢な世界だ。現代らしい硬質な感覚で、中世〜江戸の母子説話が新しい命を得た。 

(REBORN 河合蘭)


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ナラ・レポート


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