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法隆寺と薬師寺 2005/08/10

関西旅行は、旅立ちの前の日記がかっこよすぎたので少しプレッシャーでしたが、やっぱり、背伸びはするものか?夫は奈良出身。それで帰省として関西へ行ったのですが、今年はちょっとがんばりました。

初日から法隆寺、薬師寺を訪ねました。最後の宮大工棟梁と言われた西岡常一さんの本『木にまなべー法隆寺・薬師寺の美』をガイドブックにして、西岡さんが力を入れて書いていた塔、そしてエンタシスの柱と飛鳥のしなやかな木組みが美しい回廊を心に刻みました。

私は関西には親戚が多いので法隆寺は数え切れないほど来ているのですが、今回西岡さんのガイドのおかげで一歩踏み込めて見られたと思います。ここの五重塔は、ぜひ、少し離れて見上げてみてください。大きい、本当に悠々と大きいです。大きな鳥が降り立ったようですよ。この塔は階層によって寸法の取り方をわずかにずらしてあり、目の錯覚を利用して大きさを出しているそうです。鎌倉の若宮大路と同じです。

帰りがけ、西岡さんたち法隆寺を支えてきた職人さんが住んできた西里の町を少し歩きました。ここは法隆寺のすぐ隣にある道の細い一角で、西岡さんはこの町で、やはり宮大工の棟梁だったお父さんにさんざんこづかれながら技と心をたたきこまれたようです。

その西里の、竹藪が見え隠れする道筋を行くと、不意に、液晶大画面のテレビがそこに置いてあるような光景に出会います。それは法隆寺に横から入る門なのですが、まるで里の空気を切り開いて作った異空間の額縁のようでした。

こんな感じが、お寺の「結界」なのでしょうか。黒い日傘を差した女性が、スッと門の中へ入っていきました。すると、その人は別の世界の人になってしまうのでした。

続いて行った薬師寺はなぜかふたつの塔があったというお寺ですが、長い間西の方が失われたままでした。西岡さんは、法隆寺五重塔の修理で学んだことをこの西塔再建に注ぎ込みました。

朱に塗られたこの新しい塔は、730年に建ったという黒い東塔とのバランスの中で、お寺が決して過去の財産を守っているところではなく現役の存在なんだということを教えてくれます。現代人もやるなあ、今、今と現在進行形でがんばっている人が一番だな、と勇気がもらえる「再生(=REBORNかな?)」を感じさせるお寺でした。

帰りは、遠い昔に国のメインストリートだった国道を飛鳥方面に走りました。ひたすら直進なので睡魔が襲います。道路沿いには、行けども続くロードサイドショップ。経営不振なら、数年で消えてしまう。これが現代の時間の流れ方です。

そんな時代にも、千年、二千年という時間でものを考えて仕事をしていた西岡さん。西岡さんたちの仕事は、作るものが千年持たなあかんのです。薬師寺に作った西塔が、千年後に、東塔より早く沈んだりしてはいかんのです。そういう時間の流れ方で勝負している人は、どれだけ発想が違うのだろう。この日は西岡さんデーでした。


元ちとせ「死んだ女の子」 2005/08/07

夏は刻々とその顔を変える。7月の夏と8月の夏は大きく違う。8月の夏は、日本人にとって魂の季節だ。

日本人は酷暑の中、一年のうちでもっともよく祈る。古くからそもそもお盆というものがあり、そして敗戦後には原爆投下と終戦の記念日がそれに加わっている。

おとといの夜に放映されたテレビ朝日の番組で、元ちとせが出産後初めて出てきて歌った歌はもの凄かった。ピアノは坂本龍一。原爆ドームの前で歌われた「死んだ女の子」というその歌は、あの日炎に呑まれた7歳の女の子の声である。

やはり、出産という体験は女性の魂を変えるのだと思った。地の底から聞こえてくるような、今なお広島にいる女の子の魂が憑いたような歌声だった。それは聞く人を反戦の思いに駆らせるというより、それすら越え、何も考えられないほら穴の中へ落とした。

酷暑の中で、祈りの火が全国で焚かれる8月。今年の夏休みは、これから、奈良、京都へ行く。お盆を迎える火、送る火をたくさん見てきたい。古都の火を見に、西へ。


たまごっちライフ 2005/8/03

小学校の女の子の間では、この1〜2年だろうか、たまごっちがずっとブームなのである。

10年くらい前に生まれて大いに流行ったたまごっち。しかし、前回は爆発的ブームの去った後、メーカーには在庫の山が残った。製造しすぎて、結果的には大赤字だったという。

今流行っているたまごっちはそのリベンジ。ターゲットを小学生に限定し、友達のたまごっちと結婚させられる通信機能を持たせ、マスコミにも顔を出さずに静かな長命ブームを演出しているのだ。

それにしてもあっという間に売り切れにするのが昨今の人気おもちゃの特徴で、私のようにぼーっとした親はいつまでも買ってあげられない。それで、ネットでプレミアムのついたものをマニアから購入せねばならなくなった。情けないけど‥‥。春、驚くほど親切だったマニア氏から買ったうちのたまごっちは、いつも娘の首から下がっている。

最初の子の名前は「ふうえあさ」だった。名前の入力方法がわからなかった娘が偶然につけてしまった名前。意図しては決して生まれないすごい名前だったが、ふうえあさは、2日で、娘が学校へ行っている間に死んでしまった。

子供が学校へ行く間は、おかあさんが世話をしているというご家庭があったりして、私も頼まれたのだけど、ばたばた仕事しているうちに「ハッ」と気づいて見たら、時すでに遅しだった。お世話とは病気になったら薬をあげたり、うんちを流してあげたりするのだけど、まだ生まれてまもなく幼かったふうえあさは、特に手がかかるのだった。

以来何度となく小さいうちに何人かの子を失ってしまったのだけど、思いあまって「しぬな」と名付けた子のとき、コツがわかってきて繁殖が始まった。亡くなった子たちはご先祖さまとなり、子孫のピンチの時に救ってくれたりする。ただし、お墓参りを頻繁にしていれば、だ。仏教教育もしてしまうたまごっち。

子供が生まれると、2日目の夜12時に「親離れ」というのをする。親離れの瞬間というのを見たことがないので、きのう、見ようということになった。しぬなのひい孫だか、ひいひい孫だかが親離れする。

夜中の12時、画面には小さな寝息と大きな寝息「Z」が出ているだけ。それが、子供を見ている親と子供の寝ているところに変わり、しばらくすると親が画面の上へ昇っていって消えていった。うーん、ちょっとあっけなかったかな。子供の頭くらい撫でていって欲しかったかな。

「明日の朝、この子泣いてるよ」と娘。「親離れしたあとの朝は、いつも泣いてるんだ。目が覚めたら誰もいないんだもん」そうなんだ。やさしいおもちゃ。たまごっち。