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断食最終日 2005/03/19

今朝は光り輝くいいお天気でした。

マザリングフェスタの相談員をしに行きました。会場は子育てを楽しんでいるなあ、という感じの親子でいっぱい。

REBORNスタッフや助産師の大坪さんや、モーハウスの光畑さん、『お産選びマニュアル』を読んでくれた方、イメジェリークラスのOBさんなどにお会いし、少し相談もお受けし、そのあと友永ヨーガ学院へ。

今日は1時間のヨーガのあと「復食説明会」です。今日は1日でおかゆ一杯を食べてまだ断食の内なのですが、明日からは「復食」。何でも食べる状態まで2週間もかけて、ゆっくり、ゆっくりと戻していくのだそうです。

実は、断食は、この復食が一番苦しいという人が多いのです。それは、食べ始めることで欲が出てくるので、それと闘いながら小さくなってしまった胃に耐えられる量を守らなければならないから。ここで暴食することは非常に危険なことなのです(胃の激痛で七転八倒したという方の話も聞きました)。

仙人の私は、もうおしまいです。少しずつ欲が戻ってきています。中村屋の前を通った時も、カレーのにおいに「ん〜!」と強く惹かれました。下駄屋さんにかわいい下駄を売っているのを見て「かわいい、欲しい」と思いました。

断食という魔法は、日向の氷のように、小さく、小さくなっていきます‥‥。

でも、素敵なことを今日友永先生が話してくれたのですが、お釈迦様が悟りを開いたのは、過激な断食をされていた最中のことではなく、「こんな苦行をしてもだめだ」と思い、スジャータという娘の乳がゆを食べたあとのことでした。

お釈迦様は、食物を食べたからこそ悟りが開けたのです。

断食あけて初めてのおみそ汁、それはそれは素晴らしい味なのだそうです。それは決してすぐには飲み込まず、十分に味わって下さい、とのこと。どんな味なのだろう?!


断食5日目 2005/03/18

断食中の眠りはとてもライトで、閉じた目をあくだけ、という感じで目覚めるのがふつうです。消化エネルギーを使っていないので、短く浅い睡眠で足りるというわけ。

しかし今朝は久々に起床時が眠く、驚きました。実は昨晩は、新しい単行本の企画について打ち合わせがあったのです。エネルギー使っているんですね。企画という作業は。

今朝から重湯をとります。「食べなきゃならないんだな」という感じ。自分は食べなければ生きていない、という現実に向き合いました。

何も食べない日数を、希望者は1日増やすことも出来ます。しかし、復食に必要な日数が2日増えるということで、私は予定通りここで折り返すことにしました。

協力してくれているまわりのことを思うと、そうなります。この世界、欲望を絶つことは最大の贅沢だと思いました。

これから少しずつ、私の断食という夢は終わっていきます。旅が終わりに近づいたのとまったく同じ気分です。

でも、この断食の間に見えたことは、私の一生にとてつもない影響を持つかもしれません。食欲を絶ったとたんに見えたのは、この世界にあふれている、過剰なエネルギーと要らない欲望でした。

町は「さあ喰え」「さあ買え」と欲情をかき立てています。私たちはそういう楽しい欲望を達成して楽しみながら、身体に病気のモトをたくわえ、支払う金銭を得るために過労になり、手に入れられないものがあれば悲しみます。

そして人間は、食べれば食べるほど胃袋が大きくなってもっと食べたくなり、買えば買うほどもっと買いたくなります。

そして、食べ過ぎは健康をそこない、結局何も食べられない身体になるかもしれません。買いすぎはモノにあふれて収拾がつかない家を作ります。あり余ったエネルギーは暴走してイライラする力となります。

これは物欲、食欲だけにとどまりません。私たちは大きすぎる胃袋だけではなく、大きすぎる大脳を持っています。この大脳も、有り余るエネルギーを発散するために、いつも闘争の相手を探します。

そして、意味のない議論のための議論にふけり始め、その目的はとても結論を導くこととは思われません。しかし、少し磨かれた頭脳は、その優れているところを見せたいのです。今日も、ネットという便利な道具を通じて、意見交換という名のデッドヒートを繰り返します。

でも、私は少しずつ、そこへ帰っていきます。

その世界で、せめてささやかなくふうをしながら、何よりも大事な健康で狂わない心と身体を守っていこう。一生のあいだ。

断食は、魔法のめがねでした。この見方は以前から読んだり聞いたりしていましたが、断食中の私には、教えでもなく哲学でもなく、見えて聞こえた体験に近いものだったのです。


断食4日目−本断食2日目 2005/03/17

身も心も、すっかりセーブモードに入っています。

パソコンを放っておくとスリープしますね。まそに、あれです。生き物にこんなモードが入っているとは知りませんでした。いろんなものがついているんですねえ‥‥人間って。

プルルルル‥‥毎朝、班ごとに電話が回ります。「元気ですか?」と聞き、最後の人が班の人の体調をまとめて友永先生に連絡します。

体温も測ります。私の今朝は36.8度で普段よりきもち高め。こういう身体変化は100人100様で驚くほど違います。35度あるいは34度台まで下がる人もいます。

昨晩は、あんまりドシーンとおちついて、眠ったら死んでしまうかと思いました。しかし、布団に入るとなんだかとても素直に気持ちになり、ふと、子供のように眠れそうな気がしました。そう思えたとたん恐怖心が消え、すぐに眠りに落ち、目覚めてもなんとなくポヨーン。

そんななのに、10分で夫のお弁当を作った私って、なんてエライ。妻の鏡!?‥‥いや、そうじゃないんです。実は、私、普段、通勤時刻が早い夫だけはお弁当を作っていません。そりゃそうですよね。女は夫より子供よ−これは常識。

それがなんだか、今だけでも作ってあげたいのです。無理と無駄と欲望の世界で働かざるを得ない人に、何かをしてあげたい。

いろいろな人がいます。無理、無駄、いたずらに募る欲望に気づかないで生きている人、知っていてやらざるをえない人‥‥そして、小さい子たちは、なんてそういうものからフリーでいること。泣きたいときにぽろぽろと涙を流し、嬉しいときにスーっと笑う子供たちの無為のすばらしさ。

「断食ハイ」です。心の中に素直な部分がどんどん広がります。静かに、そして、やわらかくなっていきます。イライラ、憤慨、自己顕示のような気持ちは、やろうとしてもできない。そんな無駄をしていたら死んでしまうもの。

1本の草のように、静かに幸せに生きています。