| プロフィール 河合 蘭 公式サイト |
| 断食5日目 | 2005/03/18 | |||
| 断食中の眠りはとてもライトで、閉じた目をあくだけ、という感じで目覚めるのがふつうです。消化エネルギーを使っていないので、短く浅い睡眠で足りるというわけ。 しかし今朝は久々に起床時が眠く、驚きました。実は昨晩は、新しい単行本の企画について打ち合わせがあったのです。エネルギー使っているんですね。企画という作業は。 今朝から重湯をとります。「食べなきゃならないんだな」という感じ。自分は食べなければ生きていない、という現実に向き合いました。 何も食べない日数を、希望者は1日増やすことも出来ます。しかし、復食に必要な日数が2日増えるということで、私は予定通りここで折り返すことにしました。 協力してくれているまわりのことを思うと、そうなります。この世界、欲望を絶つことは最大の贅沢だと思いました。 これから少しずつ、私の断食という夢は終わっていきます。旅が終わりに近づいたのとまったく同じ気分です。 でも、この断食の間に見えたことは、私の一生にとてつもない影響を持つかもしれません。食欲を絶ったとたんに見えたのは、この世界にあふれている、過剰なエネルギーと要らない欲望でした。 町は「さあ喰え」「さあ買え」と欲情をかき立てています。私たちはそういう楽しい欲望を達成して楽しみながら、身体に病気のモトをたくわえ、支払う金銭を得るために過労になり、手に入れられないものがあれば悲しみます。 そして人間は、食べれば食べるほど胃袋が大きくなってもっと食べたくなり、買えば買うほどもっと買いたくなります。 そして、食べ過ぎは健康をそこない、結局何も食べられない身体になるかもしれません。買いすぎはモノにあふれて収拾がつかない家を作ります。あり余ったエネルギーは暴走してイライラする力となります。 これは物欲、食欲だけにとどまりません。私たちは大きすぎる胃袋だけではなく、大きすぎる大脳を持っています。この大脳も、有り余るエネルギーを発散するために、いつも闘争の相手を探します。 そして、意味のない議論のための議論にふけり始め、その目的はとても結論を導くこととは思われません。しかし、少し磨かれた頭脳は、その優れているところを見せたいのです。今日も、ネットという便利な道具を通じて、意見交換という名のデッドヒートを繰り返します。 でも、私は少しずつ、そこへ帰っていきます。 その世界で、せめてささやかなくふうをしながら、何よりも大事な健康で狂わない心と身体を守っていこう。一生のあいだ。 断食は、魔法のめがねでした。この見方は以前から読んだり聞いたりしていましたが、断食中の私には、教えでもなく哲学でもなく、見えて聞こえた体験に近いものだったのです。 |
||||
| 断食4日目−本断食2日目 | 2005/03/17 | |||
| 身も心も、すっかりセーブモードに入っています。 パソコンを放っておくとスリープしますね。まそに、あれです。生き物にこんなモードが入っているとは知りませんでした。いろんなものがついているんですねえ‥‥人間って。 プルルルル‥‥毎朝、班ごとに電話が回ります。「元気ですか?」と聞き、最後の人が班の人の体調をまとめて友永先生に連絡します。 体温も測ります。私の今朝は36.8度で普段よりきもち高め。こういう身体変化は100人100様で驚くほど違います。35度あるいは34度台まで下がる人もいます。 昨晩は、あんまりドシーンとおちついて、眠ったら死んでしまうかと思いました。しかし、布団に入るとなんだかとても素直に気持ちになり、ふと、子供のように眠れそうな気がしました。そう思えたとたん恐怖心が消え、すぐに眠りに落ち、目覚めてもなんとなくポヨーン。 そんななのに、10分で夫のお弁当を作った私って、なんてエライ。妻の鏡!?‥‥いや、そうじゃないんです。実は、私、普段、通勤時刻が早い夫だけはお弁当を作っていません。そりゃそうですよね。女は夫より子供よ−これは常識。 それがなんだか、今だけでも作ってあげたいのです。無理と無駄と欲望の世界で働かざるを得ない人に、何かをしてあげたい。 いろいろな人がいます。無理、無駄、いたずらに募る欲望に気づかないで生きている人、知っていてやらざるをえない人‥‥そして、小さい子たちは、なんてそういうものからフリーでいること。泣きたいときにぽろぽろと涙を流し、嬉しいときにスーっと笑う子供たちの無為のすばらしさ。 「断食ハイ」です。心の中に素直な部分がどんどん広がります。静かに、そして、やわらかくなっていきます。イライラ、憤慨、自己顕示のような気持ちは、やろうとしてもできない。そんな無駄をしていたら死んでしまうもの。 1本の草のように、静かに幸せに生きています。 |
||||