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長野ヒデ子さん 絵本作家

すべてのはじまりは「生まれる」ことから

聞き手/三好菜穂子(文) 淺井明子(写真) 北山紫帆

『おかあさんがおかあさんになった日』(童心社)、『いのちは見えるよ』(岩崎書店)など、たくさんの絵本を発表されている長野ヒデ子さん。長野さんが描く絵本は、やさしくて力強い不思議な魅力がある。ふくろうやリス、アライグマ、とんびなどなど、人間以外にもたくさんのお客様?がやってくる、鎌倉の深い緑に囲まれたアトリエ兼ご自宅のテラスで創作についてのお話をうかがった。


●「おかあさんがおかあさんになった日」が生まれた日

REBORN 長野さんの作品は、お母さんをテーマにされたものが多いですね。

長野 以前、児童文学者の今西祐行さんが主宰されている、都会の子どもたちが農業を体験する「農業小学校」の絵本をつくることになり、そこに入学したことがありました。実際に農作業をしてみると、人の力というのは種をまいて土をかぶせるくらいのもので、作物は目に見えないもの力でどんどん育っていくのね。私は畑を耕したのだけど、むしろ自分の頭のほうが耕された気がしましたね。

 この体験から、考えてお話をつくるのではなく、自分の中から湧き出るようなお話をつくっていこうと思ったの。でも、自分の中から湧き出すって何だろう?と自問すると何にもないのよ。私って何にもないのかな…と思ったときに、『私は母親だから(長野さんは一男一女の母)、お母さんの立場で何か書けるかなぁ』と思いました。

 赤ちゃんが生まれる絵本はたくさんあっても、お母さんが語られた絵本はありませんでした。子どもから見ると堂々しているお母さんも、子どもが生まれたときにお母さんとして生まれたわけだから、スタートは子どもと一緒ですよね。そこで、「おかあさんがおかあさんになった日」という言葉が浮かびました。出産の過程を具体的に描こうというのではなくて、お母さんの内面を、お母さんがお母さんとして生まれた、そのことを描きたかったんです。


● 「生まれる」ことがすべての原点

長野 私は「生まれる」ことがすべての原点にあるような気がしてならないんです。赤ちゃんが生まれることは、お母さんが生まれ、お父さんが生まれ、お医者さんや助産師さんにもお医者さんや助産師さんとしての喜びが生まれ――と、目に見えないいろいろなものが生まれる。誰もがお母さんから生まれてきた赤ちゃんで、いのちとして生まれてきたことは素晴らしい、生まれることがどんなに輝かしいことか、取材を通して感動で涙が止まりませんでした。

REBORN そのあとに『おとうさんがおとうさんになった日』(童心社)も描かれました。

長野 お父さんって赤ちゃんを産まないし、どう描けばいいのか悩みました。それで、今度は自宅出産にしようと思って、何件か取材させていただきました。いいですねぇ、自宅出産って。生まれた赤ちゃんを見ると、おなかにいるときから知っている場所のせいかすごく落ち着いているように感じました。病院出産になって赤ちゃんの死亡率が減るなど、いいこともたくさんありましたが、家庭から生まれる喜び、うれしさが遠くに行ってしまったような気がします。医療的なことは『全国助産院マップ』を見て家から近い助産師さんに、どなたの紹介もなくお電話させていただいたのですが、快く引き受けてくださって。日常風景の細かな描写もずいぶんお話を参考にさせていただきました。


●身の回りの小さなことこそ、大きなものとつながっている

REBORN 長野さんの絵は元気いっぱいの色づかいという印象があるのですが、『いのちは見えるよ』は黄色と黒2色の抑えた感じで、それもまた素敵でした。

長野 色は2色にするということで、黒ともう1色何にしようと考えたときに、生まれる話だから黄色がいいかなぁと思って。黄色は明るくなるような、うれしい色でしょ。黄色のなかでも、フランスの古色のなかから選んだ黄色です。

REBORN 盲目のお母さんのルミさんが、学校に赤ちゃんを連れて行き、実際におしめを換えたり、子育てを語るシーンは感動的でした。

長野 さまざまな形で性教育の授業がされていると思いますが、ぜひ学校に赤ちゃんを連れて行ってほしいですね。ラオスに行ったときに、生徒が子守りで赤ちゃんを学校に連れて来ていて、先生も赤ちゃん連れで授業をしていました。おっぱいを飲ませながら、算数の問題を黒板に書いたりしてね。ごく身近に赤ちゃんがいる環境はいいなぁと思いました。

REBORN 最後に、絵本の創作のうえで、いつも心にとめていらっしゃることはありますか?

長野 難しいことを難しく創るのは簡単ですが、子ども向けということではなく、子どもにもわかる言葉で創る。それでいて楽しく、深くないといけないので難しいです。絵本というのは作者そのものでしょ。だから、いつも自分自身の生き方が問われているような気がしてね。隠しておこうと思っても、みっともないところやだらしのないところも包み隠さず全部出てしまう気がします。

REBORN だからこそ、自分の感性にぴったりきた本には子どもは夢中になりますよね。

長野 そうですね。子どもはよく見てますよ。子どもには教えられることばっかりだわ。私は子どもに何かしてあげようという気持ちは全然ないの、どうしたら子どもに近づけるだろうって、そればっかり。
 いつも思うのですが、日常生活や身の回りの小さなことは、実は大きなことにつながっているんですよね。自分の身の回りの、たかだか手を伸ばせば届く広さのことを見つめ方や切り口を変えて見つめてみると、ものすごく大きな宇宙的な広がりを持つようなことが見られると思うんですよ。

REBORN 子育てにも当てはまるお話ですね。今日はどうもありがとうございました。


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いのちは見えるよ』

『おとうさんがおとうさんになった日』