開業助産婦日記

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 干潮性微弱陣痛?!

三宅はつえ


 お産が近づくと、チラチラながめる1枚の便利な紙きれ。はてさて、何だかわかります?
『潮汐表(ちょうせきひょう)』がそれであります!「潮」はあさしお、「汐」はゆうしお。つまり、潮の満ち引き表のことです。
 海の水は太陽や月の引力で満ち引きし、普通1日に2回の干満があります。満潮から次の満潮までに要する時間は約半日。一日の干満の差は月齢によってほぼ半月の周期で変化し、陰暦の一日(新月)と十五日(満月)の頃に大潮となり、半月の頃に小潮になります。昔から「満ち潮で生まれて、引き潮で死んでいく」って言いますでしょ。あれって、けっこうホントなんですよね。
 自宅出産を希望されていた方がいたのですが、どうもすっきりしない症状が出てきたので病院出産に切り替えました。いろいろご縁のあった方なのでお産の時には病院についていきました。 21時陣発。連絡があったのが午前2時。満潮時間は午前4時だったので、午前7時くらいまでには生まれるかな〜、と思っていましたが、満潮を越えてしまいました。3分おきだった陣痛がみるみる遠のき、5分になり、7分になり、とうとう10分以上間歇があいて、産婦さんはウトウトしはじめました。これぞ『干潮性微弱陣痛』というヤツですね。「こりゃあ、次の潮まで産まれないな…」と思ったので、ご本人と担当の助産婦さんに説明して、別の用事をたしにいきました。
 次の満潮は午後5時です。上げ潮に乗るとしたらお昼過ぎには結構いい調子になるでしょうから、この時間までには戻ることにしました。案の定、お昼を過ぎた頃から陣痛が強くなり、午後2時頃、元気な赤ちゃんが生まれてきました。
 担当の若い助産婦さんは目を丸くして「潮の満ち引きって、本当にお産に関係があるんですね」といっていました。私自信も勤務助産婦だった頃には、そういう話しは聞いたことがあっても、毎日の仕事に活用は出来ていませんでした。『干潮性微弱陣痛』なんていうのも、最近私が勝手に使っている言葉です。
 「ひょっとしたら、誘発するのも上げ潮に乗せた方が効果的なんではないかしら?」と密かに思う今日この頃。「さあ、上げ潮だから階段昇降5クール、いきましょうか!」と助産婦式誘発法に活用しています。
 人間の体は6割が水で出来ています。妊娠すると体の中にお水の入った袋を抱えるので、きっといつもより自然の力を受けやすいのでしょう。
 「満潮で生まれる」というのは必ずしもそうではなく、満潮の前後数時間は陣痛が調子よくつき、これを越えると陣痛の間があく、という感じです。週一で当直にいっている助産院でも、外来や分娩室に「潮汐表」が貼ってあります。お産の時には産婦さんに「満潮は○時よ」とか「次の潮に乗れるといいね〜」なんて感じで話しています。陣痛が遠のいてしまっても「潮が引いちゃったから、お休みしようか」な〜んて、のんびりしたものです。
 お産が始まって、親御さん達が心配で産婦さんから離れないときも、当直先の師匠は「満潮が○時ですから、それまでは産まれません。お家でお待ちいただけますか?」といって、やんわりお帰りいただきます。ギャラリーが多いと、産婦さんは疲れちゃうからです。お産には愛しのダーリンがついていてくれれば、それで十分ですものね。
 そんなわけで、とっても重宝な『潮汐表』。皆さんの病棟にもおひとついかがですか?
 

REBORN第15号1997年4月号に掲載したものです。

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