ただいま 育児中  第1回 
お産選びの巻

河合 蘭   絵・河合の息子

コンピュータと電話と紙の世界だった私の仕事部屋に、今、赤ちゃんのゆりかごがある。
いまだに非現実的な景色だ・・・・10年前、初めての子が生まれてからライター業を始め、お産の記事ばかり書いてきた。でも、自分が産むのは7年ぶりで、あらためていろいろなことを実感している。


 まずはお産選びだったが、これは現実にはなかなか大変なこと。私にとって出産場所の第一条件は、自分が安心できることで、それが一番当てはまるのは、やはり前に出産している助産院だった。ところが、家を引っ越したため、そこは電車で1時間半、車では昼間なら2〜3時間の距離になっていた。これは、3人目の経産婦にはちょっとつらい。


 健診は近くの市民病院にかかっていて、そこなら10分で行ける。健診では丁寧に説明してくれるし、私の希望もいくらか聞いてくれそうだった。しかし、1度助産院でのびのび産んでしまうと、どうしても病院出産には抵抗を感じるもの。分娩台に乗る、子供を閉め出す、そんな全国どこでもおこなわれていることが、かなりこたえる。自宅出産も考えた。しかし現実に立ち戻ると、我が家はややこしい同居世帯。助産婦さんも誰か新たな人を探さなければ。


 結局、いくら考えても一番したいことが、やっぱり一番したいのだった。お産選びは、最終的には、最優先事項で決めるしかない。陣痛らしきものを感じたら、直ちに入院することにして、臨月に入ると車を掃除し、タオルやシーツを積み込み、万が一の車中出産にも備えた。


 しかし、すべては不思議なほどうまくいってしまった。予定日が3日過ぎた健診の朝、助産院に電話すると 「泊まれる用意をしていらっしゃい」 と言われ、向こうについてからは、お風呂に入ったり、昼寝をしたりして日中を過ごした。夜になり、入院中のおかあさんたち、助産院スタッフみんなと一緒に夕食をいただき、子どもたちは”どらえもんスペシャルを見てご満足。その後、内診すると急ピッチの陣痛が始まり、その日のうちに生まれてしまった。


 「どうしてそんなにこだわるの? 産むのは自分なんだから」 とも言われたが、私にとってお産は、ひとりでするものではなかった。昔から、女にはその人の決まった「産婆」 がいて、母親や夫とまったく違う場所からその人を護っている・・・思い切り古典的だけど、依存的かもしれないけれどもそれがどうやら私の考える「究極の助産婦」像らしかった。 (続く)

REBORN第13号(1996.10)より

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