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脅威苦委員会 2006/12/23

「なにをおっしゃっているんですか!?
よくわからないんですが。
どういうことですか!?
ここはお子さんが学校に戻れるように
話し合う場ではないんですかっっっ!?」

息子が学校を休んでいるのは
上級生から受けた暴力への恐怖からなのに、
記録の上では普通の病欠・事故欠と同じ扱いになるというので、
それはとんでもなく理不尽なことだし、
後日なにもなかったかのようにされるのは不本意だし、
極端な話、記録が残っていないのをいいことに
加害者側に逆に悪者にされる恐れもあるわけなので、
教育委員会に記録が残る形で処理して欲しいという希望を述べたら、
校長先生は上記のようなことをすごい剣幕でおっしゃったのだった。

どへ〜〜。
きっついわ〜〜〜〜。
なんでこっちが怒られなあかんねん。

でも、夫と私の決意が固いことを知ると、
校長先生は腹をくくってくださった。
こちらの要望を全面的に飲み、
加害者側の説得、息子の安全確保をお約束くださった。

それだけ、現場で起きた問題が教育委員会に知られるということが
校長先生のお立場を悪くし、深刻な事態を招くのだとわかった。
そんなんじゃあ、隠蔽したくもなるわけだ。
うちの校長先生は、まだ健全な感覚をお持ちで よかったよかった。

今日予定されていた加害者側との話し合いが先に伸び、
加害者はもちろん、 学校に対する不信感がくすぶり始めたところだったが、
加害者側を交えず、学校と私たち夫婦とで
本音むき出しで話し合ったことは、結果的によかったかもしれない。

少し気が楽になって 、夫とクリスマス・イブ前日の街に出た。
が、予約無しにはどこの店にもすぐには入れないような人出だったので、
外でディナーするのはあきらめて、
インド料理店のテイクアウトを買って帰って自宅でふたりで乾杯。

ジジババ宅にお泊まりの息子ふたりも、
プレゼントをおねだりしたり わがままを沢山聞いてもらったりして
楽しく過ごしていたことだろう。




「どうする日本のお産」と息子が置かれている現状 2006/12/21

息子が学校で、上級生から長期に渡って暴力を受け、
それが原因で現在不登校となっている。

子どもの親となったからには、こうした問題とは無縁ではないかもな、
とは思っていたけれど、子どもからのサインを
まさか自分が見逃すはずはないと自負していたのだが。

ところが、実際のそれはりっぱな報告書の体裁ではなく、
まるで全体の絵柄もサイズもわからないジグソーパズルの小さなピースを
一個一個、ぽつりぽつりと投げてよこすような有様で、
親の自負などどこかに吹き飛び、
1年以上も気づいてやれなかった自分を責めたりした。

しかしながら、息子は幸いにも元気で、
心に負った傷もコントロールが利かない状態ではなく、
学校も関係者も、なんとかしなくてはという思いは一緒で、
少々複雑な問題をはらんでいるので
一気に解決とはいかないところがもどかしいけれども、
現在少しずつ良い方向に向かっているという感触。

そんなこんなで、REBORNのお仲間であるくまちゃんが
このお産現場の危機に立ち上げたプロジェクト
「どうする日本のお産」のファイナルである東京大会へも、
参加することができなかった。

くまちゃん、スタッフのみなさま、大変お疲れさまでした。
なにもお手伝いできませんでしたが、ずっとずっと応援していたよ。
くまちゃんが蒔いた種が、大きな実りになることを祈っています。

お産のお鍋でくまちゃんが流してくれた
「明るいお産環境をつくる十の心得」は、
そのまま「明るい教育環境」「明るい家庭環境」に
当てはまるなあと思い、キモに命じた。

わが家が巻き込まれた問題は、
年内には決着をつけたいところだが、
加害者側のご家庭や学校の先生たちにもこれを読んでもらいたいなあ。

≪明るいお産環境をつくる 十の心得≫

●その1 会って話し合う場を持とう

直接会うだけでも、ものごとの進み方が違うはず。
話し合うためのきっかけを創ろう。

●その2 自分の意見をちゃんと言おう

誰かが言ってくれるのを待つのはもうやめよう。
あなたの考えをあなたの言葉で伝えてみよう。

●その3 思ったら行動しよう。自分の行動に責任を持とう

ほんの些細なことでもいい。自分にできることをまず始めてみよう。
自分の意志で決めて行動すれば、自然と責任感が湧いてくるはず。

●その4 壁を取り払おう

世代・性別・職種の壁を越えて歩み寄ろう。
互いの立場を尊重しよう。互いの力を発揮しあい助け合おう。

●その5 あらゆる人の意見を取り入れよう。

立場が変われば見方が違うもの。
耳を傾け続けたら問題解決の糸口が見えてくるはず。      

●その6 困ったときは助け合おう

自分の力を信じてできるところまで頑張ろう。
困ったときは、一人で抱えずに手や知恵をかりよう。
助けを求められたらできるだけ手を貸そう。

●その7 育て合おう

子ども達・育てる人・助ける人を、家族・地域・社会で育てあおう。
教え伝えることが、自分の学びにもなるはず。

●その8 質を高めよう

感性・心・技・知識を高める学びと交流をしよう。
学んだことを積み重ね、共有しよう。 

●その9 大事なことを伝えよう

本当に大事なことってなかなか伝えにくいもの。
あなたが大事だと思ったことは勇気を持って伝えていこう。

●その10 笑おう

笑いは活力の源です。みんなで一緒に笑おう歌おう。




欠けていたものを埋める作業 2006/09/26

小学校の役員、子ども会の役員、そして今年度はサッカークラブの役員。子どもの成長とともに、仕事が忙しいとか人付き合いがおっくうなどとは言ってはおられず、こうした地域との関わりに有無を言わさずかり出されるのが「親業」である。

こうした活動を通してつくづく感じたのは、ごく幼いうちから始まったおつき合いが、同じ地域に住み続ける限り大人になっても続くということ。そんな環境が当たり前のものとして育ってきた人には、コイツ今更なに言っているんだと笑われるかもしれないが、実はこれ、私にとってはかな〜り感動的な発見なのである。

転勤族だった私の親は高度経済成長期に日本各地を点々とし、私は物心ついた時からほぼ1年ごとに引っ越しを繰り返す中で成長した。春になるたびに引っ越したために幼稚園に入るタイミングを毎年逃し、ようやく6歳になる年に保育園に入園、初めて集団生活を体験。小学校も4つ変わった。

家も友達も見慣れた風景も、毎年変わるのが当たり前。そんな私にとって、地域との関わりの中で子どもが見守られ育つということを体感できたのは、何を隠そう、子育てを通しての今が初めてなのかもしれない。

まだ歩くこともおぼつかないうちに親に連れられて地域の子どもたちの輪の中に加わり、小さい頃から見知った大人たちが見守る中で他の子どもたちと共に育つ。子どもはそこで安心して振る舞うことを覚え、それが生きてゆく上での揺るぎのない自信となる。

そんな、子どもにとってはとても重要な成長のステップが、どうやら私の場合は十分な積み重ねがないまま大人になったらしい。成長するに及んで、ひとりでいるのがなによりも好きで人の輪の中に入ってゆくのがとても苦手という自分の気質が、いったいどこから来ているのかと考えた時、自分の欠落感はそんなところに起因するのではないかと感じた。すべてを転勤のせいにすることは出来ないのかもしれないが、そんなふうに結論づけることで、心の落ち着きどころを得たのだった。

そして今、子どものために致し方なく引き受けている役員仕事を通して、なにやら自分に欠けていたものを埋める作業をしているように感じている。子育てとは親自身の育ち直しというのは、こういうことなのだろうな。

ということで、改めて子どもへの感謝の気持ちを強くしている。








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