| プロフィール |
| 札幌と稚内の旅 | 2009/04/16 | |||
| 札幌で講演に呼んでいただいて、北海道のお産・新生児関係の方々ととても有意義な四日間を過ごしてきました。 まず札幌に着いて開業助産師の高室さん、札幌の周産期救急システムでコーディネーター第一号を務めた助産師さん・小川原さんとランチ。北大の農場を窓から望むそのお店はめちゃくちゃ居心地が良く、高室さんがシンガーとして活動するハウスでもあるそうです。 その後、札幌市の夜間休日診療所「WEST19」で、札幌の周産期救急システムの取材をさせていただきました。新聞ではわからなかった部分までお話を聞くと、本当によくできているシステムなので驚きました。このシステムの特徴は、連携のすばらしさです。 助産師さんが毎夕、搬送先の病院に一件ずつ電話をして搬送先となる「第1優先病院」「第2優先病院」を毎日決めます。これは「確実に搬送ができるシステムが絶対に必要」という気持ちのある札幌の関係者がつながり、根気強いコミュニケーション努力を続けたたまものなのです。 助産師さんはちょっとした心配の電話相談にも多数乗っています。これは、妊婦さんにも何ともうれしいし、救急外来へ軽症の妊婦さんが行かないための防波堤としても機能しています。 稚内は、初めて行きました。特急で札幌から5時間余り。雪の残る原野をずーっと走る目と突然小さな町が現れました。商店街にはロシア語がたくさん使われているし、利尻富士は間近に迫ってそびえ立っている稚内は、海を向いた町でした。ここの市立病院には、僻地医療に熱意を持つ本当に立派な産科の先生がおられました。 翌朝、ウミネコの大合唱で目がさめました。入院中の妊婦さんにインダヒュー。ここには、島や僻地から入院分娩に来る人がたくさんいます。切迫早産で入院している方にもお会いしましたが、距離が距離なので家族との面会はごく限られます。上のお子さんと増えない寂しさを聞いているうちに、私も、無性に、東京においてきた娘が恋しくなってしまいました。礼文から来ていたおかあさんの娘さんが、私の娘と同じ年頃でした。 私は12歳の娘と4日離れただけ。それでもこんなに切なくなってくるのに、ここで出産する人たちの中には、何週間も小さな子どもと離れる人がたくさんいるのです。薬で陣痛を誘発して早く産んで帰る人も少なくないと聞きましたが、私でもそうするだろうと思いました。 不便なところに住んでいる女性たちは多くを望んでいません。「病院はここしかないけれど、ここしかないというより、ここがあってよかったという気持ちでいっぱい」。 そのたったひとつの病院からは、一番近いNICUまで240q(東京−浜松間に相当)。 でも、そこには医師と女性の間にきずながありました。 貴重な経験させていただきました。海沿いの道を走っていく小さな空港から、1日たった一便の羽田行きに乗り込んで帰りました。 |
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| お産のとなりで起きていること | 2009/03/20 | |||
| 新生児集中治療室(NICU)の取材を始めていて、今週は毎日のように行っていました。産科の取材だけしていていたらわからないな、ということがたくさんある世界です。 早産で赤ちゃんが生まれるということがどれだけ大変なことか--救急車にとってNICUはゴールですが、ご本人たちにはここからがスタートなのだと感じます。生育限界が何週であっても、やはり、お母さんの子宮にいるはずの赤ちゃんを、機械がそのかわりをして育てていくのは綱渡りをしていくようなものです。そして、無事に予定日を迎え、退院していっても、9歳になるまで定期的な健診を続けていくというのですから、本当に長い時間をかけ、ゆっくり、ゆっくりと子どもの成長を待つことになります。 お産という世界から見ていると、ほとんどのお産は元気な赤ちゃんが生まれていますが、ここにはそうしたお産はひとつもありません。 ある病院では、助産師外来を担当する助産師さんが満たさなければならない基準の中に新生児集中治療室での研修を受けていることがふくまれていました。私は、今、その研修を経験していようなものかもしれません。 親子を出発させるための医療はリレーです。不妊治療から産科へ、産科から新生児科へ、そして新生児医療からは小児科へあるいは福祉へとバトンが渡されていきます。ひとりとひりの走者が、自分だけよく走れても意味がないし、自分にバトンが渡ってきたときにどんな試合展開になっていようが自分の役割を精一杯果たすのがチームです。 ただ、本当の走者は赤ちゃんであり、お母さんであり、パパですし、リレーの中身は医学的なことだけではとても決められないし、赤ちゃんが生きた時間の長短でもないように思います。 |
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